大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(ツ)79号 判決 1957年4月19日

上告人 控訴人・被告 富士製鉄株式会社

訴訟代理人 佐々木吉良

被上告人 被控訴人・原告 野村与三郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐々木吉長の上告理由は、別紙上告理由書記載のとおりである。

原審が当事者間に争がないと確定した、債権者藤崎治(当審では訴外人)の申請に基いて福井地方裁判所小浜支部の発した仮処分命令によれば、債務者富士証券投資株式会社(本件では訴外人)に対しては、本件株式には売買その他一切の処分の禁止を命じ、債務者上告人に対しては、本件株式については一切の名義変更の要求に応ずることを禁じている。仮処分命令は、本来債権者と債務者との関係においてのみ効力を生じ、第三者に対してはなんの効力をも生じないものである。よつて、本件の場合でも、第三者を特定して仮処分債務者となし、その者の本件株式についての名義変更の請求を禁じているなれば、上告人はその者から本件株式について名義変更の請求を受けたときは、(このような仮処分命令が許されるかどうかは別として)これを拒否しなければならないことは、右仮処分命令の効力によつて当然であるといわなければならない。右仮処分命令の記載自体からみれば、上告人は一般第三者からの株式名義変更の申請を拒否しなければならないようにみえるが、仮処分命令は、右のように第三者に対してはなんの効力を有しないばかりではなく、原判決の判示しているように、現行商法は株式の自由な移転と、第三者の善意取得を強く認めているのであるから、本件株式を善意取得した第三者から上告人が名義書換の請求を受けた場合には、上告人がこれを拒むことは、その第三者の権利を不当に害することになるから、これをできないと解するを相当する。この範囲内では、上記仮処分命令は効力を生じないことになることは、原判決が判示し、また上告人の攻撃するとおりである。裁判がその実質上の効力の生じない場合を認めることは、元よりよいことではないが、特別の場合にはこれを認めるのもやむを得ないのである。たとえば、当事者適格のない者が当事者となつた確定判決は、それが取消変更されるまでもなく、その実質上の効力を生ずるに由ないもので、上記仮処分命令はこれとは異るが、上記説明のとおりであるから、上記認定の範囲内では、その実質上の効力を生じないと解するのも、止むを得ないのである。もつとも、仮処分命令に対しては、債務者からの異議申立が、その取消変更を求めるのが適法な方決であることは、上告人主張のとおりであるが、第三者である被上告人には異議を申立てる権利がなく、むしろ上告人が異議を申立ててその取消を求むべきであつた。しかしながら、右のように取消変更がなされなかつた場合でも、上告人が右仮処分命令を理由にして名義変更を拒んだ場合に、損害賠償の責任を負はなければならないとすることは、上告人に対していかにも酷な結果となり、故意又は過失がないと解するを相当としても、それが無効な場合であり、殊に判決によつて上告人に名義書換の義務があるかどうかがきまる訴訟では、上記仮処分命令が取消、変更されないとの一事で、被上告人の名義書換請求を拒めないと解するを相当とする。よつて、原判決の説明と多少異るところはあるが、結局においては、上記仮処分命令が実質上の効力を生じないとした原判決は相当で、これと見解を異にする上告理由は、独自の立場に立つて、原判決を非難するに過ぎないから、採用することができない。

よつて、民事訴訟法第四〇一条によつて本件上告を棄却し、上告審での訴訟費用の負担について同法第九五条、第八九条によつて、主文のように判決する。

(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)

代理人佐々木吉長の上告理由

第一点原判決はその内容上の効力を実現できないものであるから無効であり、当審において取消さるべきである。

(一) 原判決は、上告会社の仮処分決定の存在を理由とする株式名義書換拒絶の抗弁に対し、右仮処分決定中控訴会社に対する部分は全く無意義であるから、訴訟上有効に存在していてもその内容上の効果の伴わない無効の決定であるといわなければならない。と断じ、上告会社に対する名義書換禁止の仮処分決定の効力を否定している。

(二) 洵にその通りである、内容上の効果を実現できない判決、決定又は命令を無効と解する点においては全く同感である。しかし、凡そ「裁判」はそれが判決であれ、決定又は命令であつても、総てこれ国家機関の判断又は意思の表示であるから、一旦成立すればたとえその内容に瑕疵があり不当があつても、訴訟上当然無効とされるものではない。蓋し、法律関係の不安定、不明確を除去するために為された公権的な裁判所の判断である「裁判」が、何等正規の法的手続を経ないで、しかも何人からでも当然無効として取扱われるが如きことがあつては「裁判」をした目的は到底これを達することができないからである。

(三) これを本件訴訟について観るに、一旦国の裁判機関である福井地方裁判所小浜支部が、仮処分決定という「裁判」によつて、上告会社に対し係争株券についての名義書換を禁止した以上、その裁判即ち当該仮処分決定が、法律に定められた手続、即ち直接その事件についての上訴、異議等によつて取消又は変更されない限り、たとえその仮処分が許されない性質のものであり、その決定が不当であつたとしても、これは依然として有効に存在するものなのである。事実において右「仮処分決定」は今日なお取消、変更されることなく、存続している、そのことについては本件当事者間にも争いなく、本件記録に存する当該仮処分裁判所のその旨の回答によつても亦明瞭なところである。

(四) 然れば、仮りに原判決が確定し、被上告人がその判決の執行をしようとして、上告会社に対し所論株式の名義書換を求めても、上告会社は現存する当該仮処分決定の取消されない限り、これが制約を受けていることを理由に依然名義書換を拒絶することは一審以来上告会社自体が明言しているところである。そうなると、被上告人は他に如何なる方法によつてその判決の執行を為しうるであろうか、結局被上告人は形式上本件訴訟判決によつて名義書換請求権の行使を保障されながら、実質上はそれが実現の途なきに至り、当該仮処分の存続中は本件訴訟による所期の目的はこれを達することができないということになるであろう。

(五) 斯くなつては、所詮原判決はその内容上の効力、即ち被上告人のために上告会社をして所論株式の名義書換を為さしめる、ということの実現はできないと断ずべきである。そうすると、これは原審判決が当該仮処分決定に対して与えた冒頭掲記の判断と同様本件訴訟の判決も亦「内容上の効果の伴わない無効の」判決といわざるを得ないのである。

(六) なお、無効の判決であつても、それが上訴、再審等によつて取消されるか、取下げによつて失効するにいたるまでは、依然有効であること前述の通りであるから、上告会社は当審においてその取消を求める次第である。

第二点原審判決は「裁判」の本質を誤解したか、或は判断遺脱、理由不備の違法のものである。

(一) 原判決は、上告会社の抗弁に対する判断として、現行商法上における株主の地位、権利、就中株式発行会社に対する名義書換請求権の独自性等につき詳細を極めた論述を為した後、所論仮処分決定につき、「訴訟上有効に存在していてもその内容上の効果の伴わない無効な決定であるといわなければならない。」「当裁判所は右のごとき内容の仮処分決定は無意義であり、たとえかような決定をなしても無効であるとするものである。」と断じその見解を明白にし、結論として「右仮処分決定中控訴会社に対する部分は以上述べた理由により無効であるから(中略)控訴会社は右仮処分決定が現に有効に存在していることを理由にそれを拒否することはできない次第である。」と説示し、上告会社の抗弁を斥けている。

(二) しかし、原判決が当該仮処分決定を有効と解することは自由であろうが、その無効と解するの故をもつて直ちに上告会社の抗弁を理由なしとするのは飛躍であり不合理である。原判決は前掲の如く「訴訟上有効に存在していても」と言いそれが有効を是認するが如き態度を執りながら「当裁判所は云々無効であるとするものである」と断定し、その表現やや明瞭を欠くの憾なしとしないが、とも角も当該仮処分決定は無効だから上告会社の抗弁は理由がないという結論は単一である。しかるところ、仮りに無効の決定であつても、取消があるまでは依然有効であること、上告会社が上告理由第一点で述べた通りである。であるから如何に本件訴訟において原判決のごとく当該仮処分決定の無効呼ばわりをしても、それが当該仮処分決定の取消、変更を求める訴訟手続において為されない限り、この無効の理由をもつて当該仮処分決定の効力を左右し変更することは絶対に不可能といわなければならない。仮りに、若しそれが許され可能のものだとすると、一定の法律関係に対する裁判機関の意思表示は、相反、対立して帰一することなく、窮極において「裁判」は何等の権威もなく、意義も有しないこととなり、法による社会秩序の維持は到底望むべくもないということに帰する虞があるからである。

(三) この故に、被上告人が上告会社をして所論株式の名義書換を為さしめようとするには、先づ当該仮処分決定について正規の手続を執つてこれが変更ないし取消を為さしめ、上告会社をしてその拘束から離脱せしめた後これを請求すべきである。被上告人は、右仮処分事件の被申請人である訴外富士証券から本件株券を善意取得したというのであるから、民法第四二三条によつてそれは可能の筈である。

(四) 又原判決は、当該仮処分決定自体が現実に何等取消、変更されないで存在していても、上告会社がそれを無視して即ち国家裁判機関の意思表示に反してもなお且つ原判決の命ずるところに服従しなければならないとするならば、その理由を説示する必要がある、ただ「無効だ」と宣言するだけでは、上告会社に加えられた仮処分決定の制限は毫末も軽減しないし、原判決を遵守する方途も不明だからである。

(五) 原判決の示すが如く、その侭の姿で上告会社に対しその判決に服従すべしと云うのであれば、それは原審が「裁判」というものの本質、無効な判決の運命というものについて誤解しているのだと言つても過言ではあるまいし、仮りにそうでないとすればこの点について原判決は判断遺脱或は理由不備の違法があると信ずるものである。

第三点原判決は憲法第三十二条に違反して為された不法のものである。

(一) 本件訴訟は被上告人野村から上告会社富士製鉄に対する株式の名義書換請求であり、所論仮処分決定事件は訴外藤崎から訴外富士証券並に本件上告会社富士製鉄を被申請人とした事案である。

(二) 従て両者は訴訟物を異にし、当事者を別にする全然別個の訴訟であるから本件訴訟において被上告人の請求が容認されても、その結果被上告人とは全然別個無関係の右仮処分事件の当事者には何等利害を及ぼさない筋合のものである。

(三) 然るに、原判決は本件訴訟において上告会社に対し、右仮処分決定は無効であるから上告会社は被上告人の要求に応じなければならないと命じたのである。そうなると、上告会社がこの判決に服した場合仮処分事件の申請人藤崎の仮処分事件における権利は直ちに侵害されること明白であり、これは藤崎が将来上告会社に対し仮処分違反を理由に何等かの訴求を為すことを前提とするを要しない性質のものである。他面、上告会社は訴外藤崎の為した当該仮処分事件について、その当否を争いうる被申請人である。此の申請人藤崎、被申請人上告会社の有する「当該仮処分決定事件について争いうる権利」は共に、憲法第三十二条によつて保障された権利であつて、現に両者が争つているか否かによつて、消長を来すものではない。

(四) そうすると、原判決が、当該仮処分決定は無効だから被上告人要求の株式の名義書換をせよと上告会社に命ずることは、上告会社がこれに応ずる限り結果においては右藤崎、上告会社の前述憲法第三十二条による権利を奪うことに帰するというべきである。仮りに原判決の考え方が、株券占有者の株券発行会社に対する権利関係を、恰かも確定判決の反射的効果と名付ける観念に基いて律すると同様に解したとしても、この理論は実体法上の判断を為さない限り容易に許さるべきではなく、原判決は何れにしても破毀さるべきであると信ずる。

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